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小松クラフトスペース

〒010-0001
秋田市中通4-17-9

℡ 018-837-1118

E-mail
komatsucraft★gmail.com
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 永六輔メッセージ
当店ではNGO団体『東南アジア文化支援プロジェクト・CAPSEA』を主催するペン・セタリンさんと故・永六輔さんとともに97年、99年、2000年の3回にわたってチャリティーバザールを開催。集まった義援金は2棟の学校の建設費と女性自立センターの運営費に充てられました。
2006年からはタイ・チェンマイにあるHIV母子感染孤児施設『バーンロムサイ』で自立のために制作されている衣料品や雑貨、子どもたちが描いた絵画など販売する展示会を毎年開催しております。 
 
2013~2015 
震災復興チャリティーマーケット
 
2013年2月、染色工芸作家・斎藤洋さんが東日本大震災の被災地で取り組んでいるクラフトプロジェクト『風の布パピヨン』のチャリティーマーケットを開催。釜石市の仮設住宅の皆さんが作られた編物を出品。売り上げはすべて仮設住宅での活動資金に寄付いたしました。2014年2月、2015年2月にも開催いたしました。

詳しくはこちら
 
バーンロムサイ展
名取さん講演会 展示の模様
タイ・エイズ孤児支援チャリティー『バーンロムサイ展』を2006年から毎年開催しております。2006年には代表の名取美和さんによるトークショーも開催。バーンロムサイの活動の話題を中心に、HIV感染者への差別や偏見のこと、アートや動物と触れ合うことによって子どもたちが元気になってきていること、ボランティアに参加する意義についてなどをお話され、とても内容の濃い1時間の講演でした。毎年デザイン性に優れた雑貨や色鮮やかな子供たちの絵が揃う『バーンロムサイ展』。これからも応援していきます。
バーンロムサイのHPはこちら
 
第二回カンボジアチャリティーバザール
1999年

第二回カンボジア・チャリティーバザールに御協力いただき有り難うございました。今回は秋田市内はもとより、県内各地、遠くは東京からまでもたくさんの方々が来店し大盛況のうちに幕を閉じました。

第二回チャリティーバザールの模様 第二回チャリティーバザールの模様

7月13日に当店1階にて行われた永六輔さんとペンセタリンさんのトークショウは暑い中にもかかわらず多くの方々が駆けつけ、大いに盛り上がりました。ボランティアの総売り上げは前回(97年)を少し上回る総額2,151,827円(支援金350,827円、商品売り上げ1,801,000円)に達し、あらためて皆さまの暖かいご支援を感じ取った次第です。日頃、『小松』のお客様までもボランティアの販売員として参加し人手不足を補い売り上げに協力していただきました。

ノチャールー小学校・建築中
チャー・ルー小学校、建築中の風景
セタリンさんと相談の上、この度の支援金は1,051,827円をプノンペンにある女性自立センターの運営費へ、1,100,000円をアンコールワットから50キロぐらい離れたメアンチェイ州チャー・ルー小学校建設を来年、早々に着工することになりました(2000年完成)。チャー・ルー小学校はタイ国境の近くに位置し、近年までポルポト派の支配により戦火の中にあり、現在ある校舎は雨天休日になるほど荒廃した校舎で700名の生徒を収容しきれない状態だそうです。たくさんの御協力有り難うございました。 
チャリティーバザールチラシ 
 
秋田からの義援金で小学校が完成 

97年の第一回カンボジア支援チャリティーバザールでは、皆様から多大なご支援をいただきました。そのご支援のおかげでプノンペンの近郊、バンジブン村に小学校を建設することができ、その視察と伝統織物の見学を兼ねて99年4月、カンボジアに行ってまいりました。『Capsee』では、地雷で足を失い働けなくなった人や、戦争や虐殺などで両親や夫を失った人たちが協同でカンボジアの伝統的な素材で衣類や小物を生産している他、移動図書館や紙芝居を通じて学校へ通えない子供達への教育普及活動にも務めております。


小学校 自立センター

チャリティーバザーの義援金でできた小学校(左)と『Capsea』の「自立センター」の建物(右)


熊五郎とトラ吉のカンボジア随行記
 
 【1999.6月 作成・小松正雄】 
【熊五郎】今回のカンボジア旅行は刺激的だったなトラ吉。

【トラ吉】そう、見る物全てが刺激的だった1日が1ヶ月にも感じられるほどだったよ。村祭りに行っのは面白かった。移動図書館のトヨタハイエースワゴンに14人も乗り悪路の見本のような道を3時間かけてだよ。

【熊五郎】紙芝居に150人の観客には恐れ入った。大人も子供も夢中で見ていたな。プノンペンはテレビ局はあるし周りの国の放送も入るんだが村に行くと電気、水道はろくにないし当然テレビもないから紙芝居は大受けだ。 帰りに村人総出の見送りは映画のような感動シーンだったよ。

【トラ吉】食べ物は何処でも美味しいかったな。クメール語で美味しいはチュガンと言うんだよな、チュガンだけはすぐに覚えた。さすがは「池に石を投げると魚にあたり、木の下にいると果物が落ちてくる」という喩えがあるとおり食材は豊富だね。

【熊五郎】殻を破る寸前の有精卵のゆで卵『20日卵』だけは食えなかったな(苦笑)。

【トラ吉】自立センターでは30人くらいの若い娘がミシンを動かし職業訓練を受けてたし、下では地雷で足を無くした男達が熱心に袋物を作ってた。

【熊五郎】図書館にも子供達がたくさん集まり絵本や童話をんでいた。表紙を見たら皆、日本の本じゃないか。中身を見るとクメール語で翻訳されていたな。

【トラ吉】セタリンさんは暇なときに日に絵本なら20冊は翻訳するってさ。

【熊五郎】永六輔さんが集めて持って行ってくれと頼まれた文房具120kgは重かったが永さんの思い入れの深さをずっしり感じたね。今、カンボジアの子どもに一番必要な物は本と文房具だものな。

【トラ吉】学校も1日2交代制とか1週間行くと3週間休みなど学校の数が足りないし勉 強道具も不足していて登校拒否やいじめ問題の日本とは大違いだよ。

【熊五郎】日本の子供達もカンボジアに修学旅行でもしたら問題も解決するかな。

【トラ吉】内戦の傷跡がまだ残るカンボジアだけどあの子供達が大人になる頃には戦争の無い平和な社会であってほしいね。そのためは教育を普及させることが必要だな。

【熊五郎】 またカンボジアに行こう。
 
 
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