ボランティア活動
カンボジアの子どもと女性、タイ・エイズ孤児の支援活動

『小松』では1997年よりNGO団体『東南アジア文化支援プロジェクト・CAPSEA』を主催するペン・セタリンさんとTV、ラジオなどでお馴染みの永六輔さんとともに、カンボジアの女性や子供たちを支援するボランティア活動を実施しています。ペン・セタリンさんはプノンペン生まれの女性で、かつて日本に留学中、母国カンボジアがポルポト派の支配に入り、両親や兄弟を虐殺されました。その後、カンボジア語の通訳、大学の講師をつとめ、またカンボジア料理店を経営するかたわら、カンボジアの首都プノンペンで『CAPSEA』を創設し、親族や夫を内戦で失った女性や学校へ行けない子どもへの教育を普及させる活動を行っております。小松とは96年に永さんの紹介で知り合い、秋田とカンボジアとを結ぶ架け橋になればと、97年、99年、2000年の3回にわたってチャリティーバザールを実施いたしました。 またタイ北部チェンマイでエイズウィルス(HIV)感染孤児を引き取り、育てている施設『バーンロムサイ』の子どもたちが描いた絵画を販売するチャリティー絵画展も実施しております。 |
| 2006、2007年8月 | ||
| バーンロムサイ展 | ||
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| タイ・エイズ孤児支援チャリティー『バーンロムサイ展』を2006年から2年連続開催いたしました。2006年には代表の名取美和さんによるトークショーも開催。バーンロムサイの活動の話題を中心に、HIV感染者への差別や偏見のこと、アートや動物と触れ合うことによって子どもたちが元気になってきていること、ボランティアに参加する意義についてなどをお話され、とても内容の濃い1時間の講演でした。毎年デザイン性に優れた雑貨や色鮮やかな子供たちの絵が揃う『バーンロムサイ展』。これからも応援していきます。 |
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| バーンロムサイのHPはこちら |
| 2004年7月 | ||
| 土崎カンボジアチャリティーバザール | ||
| 2004年7月20、21日の両日、土崎港祭りの会場(土崎郵便局前)でNGO・CAPSEA、小松クラフトスペース主催、みなと振興会共催の『カンボジアチャリティーバザール』が開催されました。会場テントにはCAPSEAの女性自立センターで製作されたカンボジアの洋服、小物などが並べられ、21日にはペン・セタリンさんも駆けつけられました(右下写真・左端)。日頃、小松がお世話になっている方々にボランティアで販売をしていただき、初日は雨にたたられ途中での中止を余儀なくされたものの、2日目は多くの方にチャリティー商品を購入していただきました。売上総額は約5万円。その他21日に土崎公民館で行われた永六輔さんの講演会でも、永さんの呼びかけで皆様から多くのご寄付をいただきました。今回集められた資金はすべてCAPSEAの教育普及活動、女性自立センターの運営費に充てられます。ご協力、ありがとうございました。 | ||
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| 2002年8月 | ||
| タイ・エイズ孤児支援チャリティー絵画展 UNDER THE TREE展 開催 |
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| バーンロムサイは1999年タイ・チェンマイ市郊外に設立されたHIVに感染した孤児たちの施設です。今回、施設の代表である名取美和さんとスタッフ、『小松』が共同して子ども達の絵画作品を展示販売し全額施設の運営費に寄付するチャリティー絵画展、『UNDER THE TREE展』を開催しました。売り上げとご寄付の合計は40万超で、今回も多くの方々にご協力を賜りました。以下 朝日新聞秋田版に掲載された名取さんと小松店主の記事を一部紹介いたします。 | ||
| HIVに苦しむタイの子助けて 【施設代表の名取美和さん呼びかけ】 |
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| 名取さんは日本の写真ジャーナリズムの先駆者の名取洋之助さん(故人)の娘さん。97年秋にタイに遊びに行った際、現地で医師をしているドイツ人の友人からタイのHIV感染のひどさを聞かされた。一緒に行った山岳部の村では、両親をエイズで亡くした幼児を見た。年老いた祖母が不衛生な環境で育てていた。母子感染し、残される子どもの将来が名取さんの脳裏をよぎった。「何か出来ることがあるはずだ」99年3月にタイに移り住み、服飾メーカーの応援で同年11月に敷地7千平方bの施設を開いた。施設で名取さんは子供たちと食住をともにしている。6人の日本人ボランティア、18人のタイ人スタッフが発症を抑えるように栄養、衛生などに目を配る。子供たちの将来のために礼儀作法を教え、学校にも通わせている。 現在施設にいる子どもは1歳から10歳までの26人。これまで9人がエイズを発症して亡くなった。名取さんは「命の尊さなど多くのことを子供たちは残してくれた」と話す。 「思春期になった時や、大人になった時の子どもたちの顔が目に浮かぶ。絶対に大人になって欲しい」絵画展はクラフトスペースを経営する友人の小松正雄さんの協力で実現する。人なつっこい笑顔の子供たちの写真も並ぶ。「一緒にいて楽しいことばかり」。名取さんはそう言った。 |
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| 朝日新聞秋田版2002年8月2日 | ||
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| タイのHIV感染児 支援へ絵画の即売会 【秋田・小松正雄さん】 |
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| 「生まれながらにしてHIVに感染した子どもを少しでも支援したい」。秋田市中通で呉服店を経営する小松正雄さんは2日から10日間、タイのHIV感染孤児施設の子どもたちが描いた絵画の展示即売会を店の2階で開く。小松さんは東南アジアの伝統的な布地に魅力を感じ、8年ほど前から度々現地を訪れるようになった。現地では貧しさゆえの少女売春、日本へ輸出するための森林伐採の話を聞き胸が痛んだ。 「日本に生まれたゆえに恵まれていることがある。その分、何かできるのではと考えてきた」と話す。 これまでカンボジアで自立を目指す女性を支援するためのチャリティーバザールを数回開いてきた。4年前、このタイの孤児施設を訪れた。「病気にもめげず、明るく人なつっこい子供たちを見て胸が打たれた」という。 当時出会った子どもたちの多くが既に亡くなっている。小松さんは「短い命を懸命に生きている子どもたちの作品は見ている私たちが元気付けられる」と語る。作品は約50点展示され、一点3千円から2万円。売り上げは孤児施設の運営費にあてられる。 |
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| 朝日新聞秋田版2002年8月1日 |
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99年に開催した『第2回カンボジアチャリティーバザール』の義援金で建設されることになったウットーメアンチェイ州・『チャー・ルー小学校』が昨年(2000)12月26日落成されました。当初は2000年の春には落成する予定でしたが、この年、カンボジアは例年にないほどの豪雨に見舞われ、着工が遅れていました。学校のある場所はシェムリアップから50`タイ国境近くの村。ポル・ポト派によって長い間支配されていた地域です。建設資金には秋田での義援金の他、元NHKキャスターの酒井広様からも頂きました。落成式では村中の大歓迎を受け、村人は素朴な踊りで喜び表していました。 |
第三回カンボジアチャリティーバザール 結果報告
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2000年、10月13日から22日まで第三回カンボジア・チャリティバザーが当店にて開催されました。
今回も永六輔さん、ペンセタリンさんが来店し、前回同様ボランティアで販売を手伝っていただいたボランティアの皆さんと共に和やかな雰囲気の中でバザールが行われました。 今回は『こぎん刺し』の川村芳枝さんと、『紙布』の桜井貞子さんからのご賛同を得、二階ギャラリーにて『カンボジアを支援する女性の職人展』を開催。ご両人のご厚意により、売り上げの10%をカンボジア支援ボランティア基金に寄付されることになりました。 チャリティー商品の売り上げは前回には及ばなかったものの130万円に達し、これらのお金はすべてカンボジアでのボランティア活動資金に寄付されます。 前回までは義援金の多くを学校建設資金としていましたが、これからは主にソフト面を充実させていこうと考え、日本の優れた絵本や童話などをクメール語に翻訳し、移動図書館や紙芝居を通じてカンボジアの子どもたちに豊かな心を育てていく活動の資金に充てることにしました。まだ手探りの状態ですが、これからも皆さまのご協力やご指導、お待ちしております。 |
| 第二回カンボジアチャリティーバザール | ||
| 1999年 | ||
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第二回カンボジア・チャリティーバザールに御協力いただき有り難うございました。今回は秋田市内はもとより、県内各地、遠くは東京からまでもたくさんの方々が来店し大盛況のうちに幕を閉じました。 |
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7月13日に当店1階にて行われた永六輔さんとペンセタリンさんのトークショウは暑い中にもかかわらず多くの方々が駆けつけ、大いに盛り上がりました。ボランティアの総売り上げは前回(97年)を少し上回る総額2,151,827円(支援金350,827円、商品売り上げ1,801,000円)に達し、あらためて皆さまの暖かいご支援を感じ取った次第です。日頃、『小松』のお客様までもボランティアの販売員として参加し人手不足を補い売り上げに協力していただきました。 |
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セタリンさんと相談の上、この度の支援金は1,051,827円をプノンペンにある女性自立センターの運営費へ、1,100,000円をアンコールワットから50キロぐらい離れたメアンチェイ州チャー・ルー小学校建設を来年、早々に着工することになりました(2000年完成)。チャー・ルー小学校はタイ国境の近くに位置し、近年までポルポト派の支配により戦火の中にあり、現在ある校舎は雨天休日になるほど荒廃した校舎で700名の生徒を収容しきれない状態だそうです。古いクメール絣の生地はしなやかで、ふっくらした光沢あるきれいな生地でだれがみても素晴らしい生地です。古いクメール絣の風合いに戻す努力を日本の染織家と検討し改良して行きたいと思い計画し実行中です。小物制作には日本で個展を開催しているタイ在中の日本人女性がカンボジアに出かけ指導してくれる事を了解してくれ今後が期待できそうです。早く『自立』の文字がとれることを期待し活動を今後も続行して行きたいと思っております。御協力有り難うございました。 |
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笑いと涙が交差する国 カンボジアから
| 97年の第一回カンボジア支援チャリティーバザールでは、皆様から多大なご支援をいただきました。そのご支援のおかげでプノンペンの近郊、バンジブン村に小学校を建設することができ、その視察と伝統織物の見学を兼ねて99年4月、店主とカンボジアに行ってまいりました。『Capsee』では、地雷で足を失い働けなくなった人や、戦争や虐殺などで両親や夫を失った人たちが協同でカンボジアの伝統的な素材で衣類や小物を生産している他、移動図書館や紙芝居を通じて学校へ通えない子供達への教育普及活動にも務めております。 | ||||
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| 熊五郎とトラ吉のカンボジア随行記 【1999.6月 作成・小松正雄】 |
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| 【熊五郎】今回のカンボジア旅行は刺激的だったなトラ吉。 【トラ吉】そう、見る物全てが刺激的だった1日が1ヶ月にも感じられるほどだったよ。村祭りに行っのは面白かった。移動図書館のトヨタハイエースワゴンに14人も乗り悪路の見本のような道を3時間かけてだよ。 【熊五郎】紙芝居に150人の観客には恐れ入った。大人も子供も夢中で見ていたな。プノンペンはテレビ局はあるし周りの国の放送も入るんだが村に行くと電気、水道はろくにないし当然テレビもないから紙芝居は大受けだ。 帰りに村人総出の見送りは映画のような感動シーンだったよ。 【トラ吉】食べ物は何処でも美味しいかったな。クメール語で美味しいはチュガンと言うんだよな、チュガンだけはすぐに覚えた。さすがは「池に石を投げると魚にあたり、木の下にいると果物が落ちてくる」という喩えがあるとおり食材は豊富だね。 【熊五郎】殻を破る寸前の有精卵のゆで卵『20日卵』だけは食えなかったな(苦笑)。 【トラ吉】自立センターでは30人くらいの若い娘がミシンを動かし職業訓練を受けてたし、下では地雷で足を無くした男達が熱心に袋物を作ってた。 【熊五郎】図書館にも子供達がたくさん集まり絵本や童話をんでいた。表紙を見たら皆、日本の本じゃないか。中身を見るとクメール語で翻訳されていたな。 【トラ吉】セタリンさんは暇なときに日に絵本なら20冊は翻訳するってさ。 【熊五郎】永六輔さんが集めて持って行ってくれと頼まれた文房具120kgは重かったが永さんの思い入れの深さをずっしり感じたね。今、カンボジアの子どもに一番必要な物は本と文房具だものな。 【トラ吉】学校も1日2交代制とか1週間行くと3週間休みなど学校の数が足りないし勉 強道具も不足していて登校拒否やいじめ問題の日本とは大違いだよ。 【熊五郎】日本の子供達もカンボジアに修学旅行でもしたら問題も解決するかな。 【トラ吉】内戦の傷跡がまだ残るカンビジアだけどあの子供達が大人になる頃には戦争の無い平和な社会であってほしいね。そのためは教育を普及させることが必要だな。 【熊五郎】 またカンボジアに行こう。 |